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札幌地方裁判所 平成8年(ワ)2267号 判決

《住所省略》

原告

片山一歩

札幌市白石区本通19丁目南6番8号

被告

株式会社つうけん

右代表者代表取締役

久保田俊昭

右訴訟代理人弁護士

山根喬

市川隆之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告の平成8年6月27日開催の第50回定時株主総会(以下「本件総会」という。)における,別紙決議目録記載の各決議(以下「本件各決議」という。)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は,被告の株式6600株を有する株主である。

2  本件総会において,本件各決議がされた。

二  争点

本件総会の招集手続,審議及び決議方法につき,本件各決議の取消し事由となるべき瑕疵が認められるか。

三  争点に関する原告の主張

本件総会には,以下のような瑕疵がある。

1  議決権行使に関する勧誘権の侵害

原告は,本件総会に先立ち,平成8年5月10日ころ,被告に対し,自己が本件総会に提案する予定の議案への賛同者を得るために,議決権行使者の氏名及び住所を記載した株主名簿の謄本を交付するように求めたが,被告は,同月25日ころ,これを拒絶した。

しかしながら,株主名簿の謄本請求権は,商法263条2項に定める株主名簿閲覧謄写請求権に含まれる権利であるから,被告のとった措置は違法である。

2  株主議決権行使書の隠匿

本件総会にあたり,株主が送付した議決権行使書については,一部紛失していたり,逆に出所不明のものが計上されたりしている。また,議決権行使書の中には,別紙決議目録記載の第5号議案(原告ほかの株主の提案による議案。以下,各議案については,別紙決議目録に付された号数によって特定する。)の賛否が訂正されているものがある。これは,取締役が,自己に不利益な投票をした株主の議決権行使書を隠匿するなど議決権行使に介入した結果によるものである。

3  議案の提案者の記載方法の違法

本件総会招集通知及び招集通知に添付された議決権行使書においては,第1ないし第4号議案につき「会社提案」と記載されている。

しかしながら,株主総会という会社の機関においては,会社側の提案という概念は成立し得ないのであって,これは「取締役会提案」又は「取締役提案」とするのが正確である。

4  賛否の記載のない議決権行使書の取扱いの不平等

各議案に賛否の表示のない議決権行使書については,平等の原則から,すべての議案に関し画一的な取扱いをしなければならないにもかかわらず,本件総会においては,取締役会提案の議案については賛成,株主提案の議案については反対として取り扱われた。

5  議決権行使株式数算定の違法

被告の定款においては,毎決算期の最終の株主名簿に記載された株主をもって,その決算期に関する定時株主総会において権利を行使すべき株主とするとされており,本件総会における基準時の発行済株式総数は1836万1657株であるところ,被告は,右基準時から本件総会開催日までの間に平成8年5月20日を効力発生日として新株を発行した上(所有株式1株について新株式0.1株を発行する株式分割),本件総会の議決権行使株式総数についても,新株発行数を加算した2019万7822株とした。

この結果,単位株式制度を採用している被告では,単位未満株式が発生し,原告をはじめ,小口株主の議決権行使に関する影響力が不当に低められた。また,そもそも配当金を受ける権利のない株式(新株)については,利益処分案の採決に加わる資格を与える必要はない。

したがって,本件における議決権行使株式数の算定方法は,定款に違反するものであり,かつ著しく不公正である。

6  議事運営の瑕疵

(一) 審議終了動議の対処

本件総会においては,第1,第2及び第5号議案が一括して審議されていたが,途中,被告の元常務取締役である柏葉弘から審議打切りの動議が出されたのを受け,議長(代表取締役久保田俊昭)は,原告の第5号議案の補足説明が終了していないにもかかわらず,右動議の採決に入った。議長は,議事整理権限を適正に行使せず,その結果,前記各議案の審議は不公正なものとなったものである。

(二) 提案株主の議案等説明権の侵害

本件総会において,議長は原告に対し,その提案にかかる第5号議案につき,補足説明すらさせることなく,採決に入った。

(三) 議長の議事整理権限の放棄

議長は,原告が,第1号議案の可決の宣言の後,挙手し,発言を求めているにもかかわらず,これを無視し,第2号議案の採決に入ったのであり,この時点で議長は自らその職務を放棄したものである。

(四) 審議の脱漏

本件総会においては,第3及び第4号議案は審議されないまま,直ちに採決されている。

7  議長の説明拒否

議長は,原告提案にかかる第5号議案を採決した際,提出された議決権行使書のうち,右議案に賛成する票が173万7000株あった旨発表したので,原告は,他の賛成及び反対票はどうなっているか尋ねたところ,議長はその質問に対する回答を拒絶した。

8  取締役の説明拒否

本件総会には,以下のような取締役の説明義務違反がある。

(一) 原告は,議長である被告代表取締役久保田俊昭に対し,「被告の第49回定時株主総会の決議取消訴訟を提起しているところ,右総会決議が仮に取り消された場合には,第1号議案の利益処分案の前期繰越利益が確定しないことになるが,その場合,本件総会も再度開催する必要があるか。」と質問したが,久保田俊昭は,回答をしなかった。

(二) 原告は,本件総会に先立ち,事前質問書を被告に送付していたにもかかわらず,取締役らはこれに関する調査をすることなく,本件総会において説明を拒否した。具体的には,被告の現在の現金預金残高,被告が受注した工事の見込利益率,被告の資金の預金先と預金利率等に関する質問に対する回答を拒絶した。

9  採決の方法に関する瑕疵

(一) 第1ないし第4号議案については,発声による採決がされ,議長が「ご異議ございませんか。」と尋ねたのに対し,複数の株主が「異議なし。」と答えたが,資本多数決を原則とする株主総会においては,株主ごとの所有議決権数で賛否を諮るのが原則であるから,議長が少なくとも株主ごとに何と発言したかを確認する必要があり,出席株主にもそれが分かりやすいようにすべきであった。

(二) 被告の株主である株式会社協和エクシオ及び日本コムシス株式会社は,事前に送付した議決権行使書においては,第5号議案に賛成の意を表明していたのであるから,本件総会においても賛成する可能性があった。この場合には,少なくとも119万株の賛成票があったことになる。にもかかわらず,議長は,第5号議案について挙手によって採決を行い,株主1人1人につき賛成,反対の意思を確認しないまま,第5号議案の賛成者をなしとした。

四  争点に関する被告の反論

1  議決権行使に関する勧誘方法の侵害の主張について

商法282条2項が,株主及び債権者が謄本又は抄本の交付を求めることができる場合を明示していることからして,商法が謄写と謄本の交付を区別していることは明らかである。したがって,株主名簿の閲覧謄写請求権を定める商法263条2項から株主名簿の謄本請求権を導くことはできない。

2  株主議決権行使書の隠匿の主張について

現実に会社に郵送された議決権行使書の数と集計されている議決権行使書の数との間に齟齬があるのは,株主がいったん議決権行使書を送付したものの,その後翻意して出席する旨連絡してきたことによるか,議決権行使書の記載に不備又は誤記があったため,被告において株主に議決権行使書を再送付の上,補正を促したことによるものであって,取締役が不正を行ったことによるものではない。

3  議案の提案者の記載方法の違法の主張について

「会社提案」又は「会社提出議案」との記載は,全国株式懇話会連合会作成の書式及び株式を専門に取り扱っている証券代行機関の書式でも採用されており,実務上一般に行われている記載方法であって,違法ではない。

4  賛否の記載のない議決権行使書の取扱いの不平等の主張について

被告は,議決権行使書の注意書に,「各議案につき賛否の表示をされない場合は,会社提出議案については賛,株主提出議案については否の表示があったものとして取り扱います。」と記載しており,右記載にしたがって,賛否を集計したものである。大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則(以下「参考書類規則」という。)7条は,全議案について同一の取扱いをすることまでを要求するものではない。

5  議決権行使株式数算定の違法の主張について

株主が総会に出席して議決権を行使することは,株主権の基本的権利であって,できる限りその権利を保障することが,商法の要請するところである。したがって,株式分割により増加した新株分についても議決権の行使を認めることは,商法の要請にかなうものと言える。

総会において議決権を行使できる株主を特定するためには,株主を一定の時点における株主名簿に記載あるものに確定する必要があることから,商法224条の3は,株主名簿の閉鎖又は基準日制度を定めているのであるが,総会自体は,総会開催日当日の既存の全株主により構成される以上,分割新株についても議決権行使を認めることに違法はない。

また,利益処分案は,引当金の計上,利益の留保額,その他決算期後の会社の運営に影響を及ぼす事項を含むものであるから,この決議について分割新株の議決権を排除することは不当である。

6  議事運営の瑕疵の主張について

(一) 約2時間にわたる本件総会の審議の大半は,原告ほかの株主の提案にかかる第5号議案に関する質疑応答にあてられており,しかもそのほとんどは原告の発言であり,第5号議案については十分審議が尽くされている。このように,十分に審議が尽くされているにもかかわらず,特定の株主のみが同様の質問を繰り返すなどして,いたずらに時間を費やしている場合には,審議打切りの動議とその承認もまた,議事整理のために許される。

(二) 第3及び第4号議案については,本件総会の招集通知に,その提案理由及び議案の内容が記載されていたのであり,議長もこれを審議に上程した際,全文を朗読して審議を求めている。これにより,大多数の株主は,内容を十分理解した上で,議案に賛成の意思を明らかにしたものである。

7  議長の説明拒否の主張について

議長は,第5号議案を採決した際,これに賛成して挙手する株主はいなかったので,議決権行使書による賛成者の数を公表した上,多数決により第5号議案は否決された旨宣言したものである。このように,本件においては,第5号議案が否決されたことは明らかであったから,議長は,賛成及び反対の票数を正確に答える必要はない。

第1ないし第4号議案についても,賛成多数で可決されたことは明らかであって,議長は,賛成及び反対の票数を正確に答える必要はない。

8  取締役の説明拒否の主張について

(一) 原告の提起した第49回定時株主総会の決議取消訴訟において,右総会決議を取り消す旨の判決が出された場合に,本件総会を再度開催する必要があるかとの質問は,仮定の質問であるから,取締役はこれに回答する必要はない。

(二) 事前質問書は,総会における質問の予告に過ぎないのであって,実際に株主が総会の場で質問をすることによって,初めて効力を有するものである。

(三) 被告は,事前質問書に基づき,原告から議場で直接質問された事項につき,回答可能なものについては回答し,回答することができない又は回答する必要がないものについては,理由を述べた上で,回答を控えている。

(四) 「工事入札時の見込利益率」は,工事積算にあたって最も重要な事項であって,本件総会には同業他社も出席しているのであるから,このような場で公表できるような性質のものではない。「現在の現金預金残高」は,日々変化するものであって,仮にある時点のそれが明らかになったとしても会社の財源は判断できないものであるから,第1及び第5号議案の採決に影響を及ぼすものではない。「預金先及び預金利率」についても,各銀行は,金利自由化の中で,その経営戦略に基づき,独自に金利を設定しているのであるから,これらを株主総会の場で公表することは,株主である各銀行に不利益を与えることになり,なしうることではないし,また,そもそもこのような事項に関する質問は,議案の採決に際して必要な範囲を超えており,被告に回答の義務はない。

9  採決の方法に関する瑕疵の主張について

議長は,採決は記名式投票によるべきであるとの原告の動議を受けて,議場に諮り,その結果を踏まえて,第5号議案について挙手による採決方法を選択したものである。

本件においては,賛否の票が拮抗する状況にはなく,第5号議案については,挙手による採決の結果,圧倒的な反対数によって否決されたものであるから,記名式投票を採用する必要性は乏しかった。

なお,株式会社協和エクシオ及び日本コムシス株式会社は,事前に第5号議案に賛成する旨の議決権行使書を送付していたものであるが,結局,両社はいずれも本件総会の場に代理人を出席させているのであるから,その議決権行使書は無効であり,本件総会の場での賛否の意思表示のみが効力を持つものである。

第三争点に対する判断

一  議決権行使に関する勧誘方法の侵害の主張について

商法263条2項は,株主が株主名簿及び端株原簿を閲覧又は謄写することを認めた規定であって,謄本を求めることを認めた規定ではない。商法は,282条2項が,株主は,計算書類及びその附属明細書等について謄本又は抄本を求めることができる旨定めているなど,謄写と謄本の交付を区別していることが明らかであり,商法263条2項から株主名簿の謄本請求権を導くことはできない。

二  株主議決権行使書の隠匿の主張について

確かに,証拠(甲4,8)及び弁論の全趣旨によれば,本件総会の議決権行使書は,いずれも料金受取人払の郵便により,被告に郵送されていること,札幌白石郵便局作成にかかる,料金受取人払郵便の料金の領収書から,被告へ郵送された旨推認される議決権行使書の数と本件各決議の採決にあたって計上されている議決権行使書の数との間には,10余通程度の差があることの各事実が認められる。

しかしながら,この程度の差については,被告主張のように,いったん議決権行使書を送付した株主が,その後翻意して出席することにしたり,議決権行使書の記載の不備を補正するために,被告が株主に議決権行使書を再送付したりすることによって,生じうるものである。そして,いずれにせよ右のような差が生じたことが,取締役による議決権行使書の隠匿等の不正によるものとも,本件各決議の結果に影響を及ぼすようなものとも認められない。

三  議案の提案者の記載方法の違法の主張について

証拠(乙3,4)によれば,取締役会提案の議案につき,「会社提案」又は「会社提出議案」と記載することは,全国株式懇話連合会作成の書式及び株式を専門に取り扱っている証券代行機関の書式でも採用されており,実務上一般にされている旨認められる。

確かに,この場合,法律的には「会社提案」ではなく,「取締役会提案」と書いた方が,正確である。しかしながら,「会社提案」との記載により,一般の株主は,当該議案が,株主提案ではなく,業務執行者側,即ち取締役会から提案されたものである旨十分理解できるところである。したがって,用語の正確性はともかく,第1ないし第4号議案につき,「会社提案」と記載したことが,総会決議の取消事由となるような瑕疵とまでは言えない。

四  賛否の記載のない議決権行使書の取扱いの不平等の主張について

証拠(甲4)によれば,議決権行使書の注意書には,「各議案につき賛否の表示をされない場合は,会社提出議案については賛,株主提出議案については否の表示があったものとして取り扱います。」と記載があることが認められるのであって,右記載にしたがって,賛否を集計した本件各決議は違法なものではない。

参考書類規則7条は,「議決権行使書面には,賛否の記載のない議決権行使書面が提出されたときは,各議案について,賛成,反対又は棄権のいずれかの意思表示があったものとして取り扱う旨を記載することができる。」と規定するにとどまり,右規定は全議案について画一的に賛成,反対等同一の取扱いをすることまでを要求するものではない。

五  議決権行使株式数算定の違法の主張について

1  証拠(甲4)によれば,被告の定款は,毎決算期の最終の株主名簿に記載された株主をもって,その決算期に関する定時株主総会において権利を行使すべき株主と規定していること,この規定によると本件総会について基準時となるのは平成8年3月31日であること,右基準時から本件総会開催日までの間の平成8年5月20日を効力発生日として,株式分割(右基準日の株主名簿及び実質株主名簿に記載ある株主を対象に,所有株数1株につき,1.1株の割合をもってするもの。)がされていること,本件総会における議決権行使株式総数については,右株式分割による新株発行数を加算した上,1933万3000株として取り扱われていることの各事実が認められる。

2  さて,原告の主張は,要するに,基準日以降に株式分割がされて新株が発行された場合,定款の前記規定により,発行新株による議決権行使は許されなくなるとの解釈を前提とする。

3  しかしながら,このような定款の解釈は,採用することができない。理由は,以下のとおりである。

そもそも,商法224条の3が株主名簿の閉鎖及び基準日制度を設けているのは,株式の譲渡は絶えず行われる可能性があるから,総会開催日よりも前のある一定の日を基準時とし,その時点における株主を総会において議決権を行使できる株主として確定しないと,会社は事務の煩に耐えないとの技術的な要請によるものである。

しかしながら,株式分割の場合には,株式数は増加するものの,株主の交代はないのであるから,発行新株について議決権行使を認めたとしても,何ら技術的な問題はない。そもそも,総会の決議は,基準日の株主のみならず,基準日以降に株主となった者も拘束するのであるから,本来であれば総会日現在における発行済株式の全株主が議決権を行使することが望ましい。利益処分案についても,引当金の計上,利益の留保額,その他決算期後の会社の運営に影響を及ぼす事項を含むものであるから,この決議について分割新株の議決権を認めることは,相当でありこそすれ,不公正とは言えない。

4  したがって,原告の定款違反の主張は,理由がないし,かつ,3に説示のように分割新株の議決権を認めたことが不公正とも言えない。

六  議事運営の瑕疵の主張について

1  証拠(甲4,9)によれば,以下の各事実を認めることができる。

(一) 本件総会において,まず,議長は,議案の審議に入る旨宣言し,第1号議案を上程して,同議案に対する説明を行った。

(二) 右説明の後,議長が質問を求めたところ,原告は,第1号議案は,原告ほか15名の株主提案にかかる第5号議案と密接に関連するので,第5号議案の説明と関連する質問をしたい旨述べた。議長は,質問事項に優先順位を付けてもらいたい旨告げて,質問を許可した。

(三) 原告は,第二の三1に掲げるような点を指摘したり,第二の三8(一)に掲げるような質問を行っていたりしたが,株主から議事進行の声が上がったので,議長はさらに第1号議案に関連する質問を求めた。原告は,第1号議案の利益処分案は第5号議案と関連性が高いので,第5号議案をある程度説明させてもらった上で,第1号議案の採決に入ることを提案し,議長もこれを聞き入れ,原告に説明及び質問を続行させた。

(四) 原告は,自己株式取得の財源の問題と関連づけて,完成工事未収金の回収状況を尋ねたので,議長は,原告の質問内容から,第1及び第5号議案は,密接に関連していると判断し,関連する議案を上程して,質疑応答を受けたい旨述べたところ,原告は第2号議案も関連しているので,これも一括上程してもらいたい旨の意見を述べた。

(五) そこで,議長は,第2及び第5号議案も上程の上,一括審議する旨宣言し,引き続き第2及び第5号議案並びにその提案理由を朗読した。

(六) その後も,原告は,被告と日本電信電話株式会社との関係や被告の預金の種類や残高等につき種々自己の見解を表明しながら質問を続けた。

(七) 議長は,他の株主(柏葉弘)から,議事の進行を求める趣旨の発言がされたのを受け,「右発言は,議案の採決に入るようにとの動議が提出されたものと理解する。自分としては十分な審議がされたものと思っている。採決する機が熟したと認められる。これから,採決したい。」旨述べ,異議がないかどうか議場に諮ったところ,株主から「異議なし。」との声が上がったので,議長は賛成多数と認められる旨宣言し,第1,第2及び第5号議案の採決に入った。

(八) その結果,第1及び第2号議案は,賛成多数で可決され,第5号議案は反対多数で否決された(なお,原告は,第5号議案を採決する前に,まだ議案説明をしていない旨異論を述べたが,議長は先程来聞かされているとして,第5号議案の採決に入った。)。

(九) 次いで,議長は,第3号議案を上程し,議案の内容を説明した上,審議に入る旨宣言した。そして,議長が,直ちに異議がないかどうか議場に諮ったところ,原告は審議の継続を求めたが,他の株主は間髪を入れずに「異議なし。」と応えたので,議長は,第3号議案は賛成多数により可決された旨宣言した。

(一〇) 第4号議案も,(九)と全く同様の方法により可決された旨宣言した。

2  右認定事実を踏まえて検討する。

(一) 原告は,第5号議案の補足説明が終了していなかったにもかかわらず,議長は,審議終了の動議の採決に入った旨論難する。

しかしながら,前示のように,原告は,審議終了の動議が出されるまでの間,十分に説明及び質問の機会を与えられていたものである。原告は総会の場でほとんど1人で質問及び発言を続けていたのであって,その質問(しかもその内容は純然たる質問というよりも,多分に自己の見解の表明を含むものである。)及び発言を通じて,他の株主に対し,第5号議案の説明をしえたものであるし,仮に説明に意を尽くせないことがあったとしても,それは原告が延々と質問を続け,いたずらに審議の時間を費やしたことによるものと言わざるを得ないから,議長が審議終了の動議の採決の上,審議を打ち切ったことは不相当ではない。

(二) 右認定に照らすならば,第5号議案について補足説明をする権利を侵害されたとする原告の主張も理由がない。

(三) また,原告は,第1号議案を承認する旨の決議がされた後,挙手し,発言を求めたにもかかわらず,議長はこれを無視して第2号議案の採決に入ったのであり,この時点で議長は自らその職務を放棄した旨主張する。

しかしながら,前示のように第1号議案の採決前に既に審議終了の動議が可決されているのであるから,第1号議案の可決後,第2号議案の採決に入る前に原告に発言の機会を与えなかったとしても,その措置は直ちに不相当であるとは言えない。

(四) さらに,原告は,本件総会においては,第3及び第4号議案は審議されないまま,直ちに採決されている旨主張する。

確かに,前示のように,議長は,第3及び第4号議案を審議に上程し,議案の説明はしたものの,株主に質問や意見を求めることなく,直ちに採決の手続に入っている。しかしながら,議長が明示的に質問の有無を打診しなかったとしても,株主としては,右各議案に何らかの疑念があれば,議長が異議の有無を尋ねた際に,挙手する等の方法によっていったん遮り,その場で直ちに質問をすることは可能であったと考えられるし,現に原告はこのような形で審議の継続を求めているところである。にもかかわらず,原告以外の株主は,第3及び第4号議案につき,もはや審議を必要と考えず,直ちに採決に入り,かつ可決することを選んだのであるから,本件においては,なお総会決議を取り消さなければならない手続瑕疵があると言うことはできない。

3  したがって,議事運営の瑕疵に関する原告の主張は,いずれも理由がない。

七  議長の説明拒否の主張について

証拠(甲4)によれば,第1,第2及び第5号議案は一括して審議されたが,採決の方法については,第1及び第2号議案については,発声による採決がとられたのに対し,第5号議案については,正確を期するため,賛成,反対それぞれについて挙手がとられたところ,賛成に挙手をするものはおらず,株主の多数は反対の方に挙手したこと,これを受けて議長は,議決権行使書で第5号議案に賛成の意を表明した株主は,171万7000株であることを明らかにした上で,第5号議案の否決を宣言をしたことの各事実が認められる。

したがって,第5号議案が圧倒的多数で否決されたことは,議長のみならず,株主総会に出席していた誰の目にも明らかであったものであり,このような場合,議長としては議場における賛成及び反対の票数を正確に計算したり,答えたりする必要はないと言うべきである。

八  取締役の説明義務違反の主張について

1  原告は,自己が被告に対して提起した第49回定時株主総会決議の取消訴訟において,右総会決議を取り消す旨の判決が出された場合,本件総会を再度開催する必要があるのかと質問したところ,議長である代表取締役久保田俊昭は,回答をしなかった旨主張するが,右質問は仮定の質問に過ぎず,これに答えなかったことは,何ら違法ではない。

2(一)  さらに,原告は,本件総会に先立ち,事前質問書を送付していたにもかかわらず,取締役らはこれに関する調査をせず,被告の現在の現金預金残高,被告が受注した工事の見込利益率,被告の資金の預金先と預金利率等に関する質問に回答しなかったのは,取締役の説明義務違反にあたる旨主張する。

(二)  しかしながら,「工事入札時の見込利益率」は,工事積算にあたって重要な事項であって,同業他社も出席するような株主総会において公表することになじむような性質のものではない。

(三)  「現在の現金預金残高」についても,日々変化するものであるから,事前に指定した過去のある時点の預金残高を尋ねるのならともかく,総会開催日のそれを答えるのは容易ではない反面,会社の財源を判断する材料としては,必ずしも意味のあるものではない(現在の現金預金残高が明らかにされても,会計年度を通じた被告の資金繰りの計画の概要は把握できない。)。

(四)  「預金先及び預金利率」についても,各銀行は,金利自由化の中で,その経営戦略に基づき,独自に金利を設定しているのであるから,これらを株主総会の場で公表することは,取引銀行との信頼関係を損なうおそれなしとしないところであり,被告に要求しうることではない。

(五)  右のとおりであるから,原告の質問に対して,被告の代表取締役又は取締役会が回答をしなかったことには,いずれも正当な事由があり,また,そうであるにもかかわらず,議案の審議のために,敢えて株主総会の場で回答を求めなければならないような特段の事情も認められない。

したがって,この点に関する原告の主張も理由がない。

九  採決の方法に関する瑕疵の主張について

1  第1ないし第4号議案の採決について

(一) 証拠(甲4)によれば,原告は,第1号議案が審議されている途中で,採決方法に関しては記名式投票によるようにとの動議を提出し,議長はこの動議を議場に諮り,挙手によって右動議の採決を行ったが,圧倒的多数で否決されたこと,これを受けて第1ないし第4号議案については,発声による採決を行ったこと,その結果,第1ないし第4号議案に異議を唱える株主はおらず,第1ないし第4号議案は賛成多数で可決されたことの各事実が認められる。

(二) 右認定によれば,第1ないし第4号議案が賛成多数で可決されたことは明らかであって,第1ないし第4号議案の採決方法に瑕疵は認められない。

(三) 原告は,資本多数決を原則とする株主総会においては,株主ごとの所有議決権数で賛否を諮るのが原則であり,議長は少なくとも株主ごとに何と発言したかを確認する必要がある旨主張するが,株主総会における採決の方式については,法律上の規定はなく。発声,挙手,起立,投票等いずれの方法によっても,出席者の意思確認ができる方法であればよいのであるから,原告の右主張は,理由がない。

2  第5号議案の採決について

前示のように第5号議案については,挙手による採決を行った結果,賛成者はなく,反対多数で否決されているのであり,その採決方法に瑕疵はない。

原告は,株式会社協和エクシオ及び日本コムシス株式会社が,事前に議決権行使書を送付した際には,賛成の意を表明していたことをもって,両社が第5号議案に賛成していた可能性を指摘する。しかしながら,両社は結局,いずれも本件総会に代理人を出席させているのであるから,前記議決権行使書の記載ではなく,本件総会の場での賛否の意思表示のみが効力を持つところ,両社とも本件総会の場では賛成の挙手を行ったものとは認められない。したがって,この点に関する原告の主張もまた理由がない。

第四結論

よって,原告の請求は,いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 田代雅彦 裁判官 金谷稔美)

〈以下省略〉

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